Episode4

躍進の時代

1960後半~1970
照明のエキスパート集団へ

 大学で照明を学んだ彌典の入社を機に、宮地電機は照明事業へ本格的に乗り出しました。彌典は1967年に照明事業部を開設して高知市本町の本店内に照明コーナーを作り、1970年には株式会社宮地照明を設立し、社長に就任しました。社員とともにヨーロッパの照明業界の視察を重ね、照明のエキスパート集団として伸びてゆきました。その後、1971年に宮地照明松山支店、1976年に同高松支店もオープンし、照明器具の販売から「あかりの提案」へと仕事の幅を広げてゆきました。

彌典入社
彌典入社
1967本店に照明コーナーを新設
1977 高知市南御座に社屋建設
1977
高知市南御座に社屋建設
電材販売の拡大、工事部門の廃止
1977 高知市南御座に社屋建設
1977
高知市南御座に社屋建設

 高松市に仕入先の営業拠点整備が進んだことを受け、当社も営業本部、商品部を高松市に配置した結果、大阪での仕入業務は僅少となり、1978年に大阪支店を閉鎖しました。
 1977年、恒治は将来交通アクセスの良好な場所と予見して高知市南御座に1,842坪の用地を購入し、本社部門、高知支店の社屋を建設しました。広大な面積を活用した商品管理が可能となり、生産性の向上に大きく貢献しました。
 一方、電材販売が伸長するにつれ、販売先である電気工事店と電気工事の受注競合が問題となりました。1979年に約3億3,000万円で単独受注し竣工させた高知県民文化ホールを最後に、優秀な施工技術を誇り創業の礎であった工事部門を廃部しました。

当時のテレビCM撮影の1コマ
当時のテレビCM撮影の1コマ